2017-03-31

移住は都会生活からの逃げ場なのか?




移住したいと思う人の殆どは、自然の中で暮らす田舎暮らしに憧れを抱いていると思います。と、同時に現在の自分の置かれている環境に満足していなく、「この環境から抜け出したい」思っている人も割りと多いのではないでしょうか。


「職場の人間関係に疲れた」
「一人で静かなとこで暮らしたい」
「田舎へ行けば、自分を満たしてくれる何かがあるかも」


何か自分のしたいことをする為の環境として田舎を選ぶのと、都会の疲れた生活からの逃げ場として選ぶ田舎暮らしとでは、意味合いが大分違います。私はと言えばどちらかと言うと後者の方で、30歳の時に米国カリフォルニアでの生活に節目を付け日本に戻って来たのですが、東京の満員電車、風景、人混み、そして職場での不満など、どこかここから抜け出したいとの思いで選んだ先が「田舎への移住」でした。



幸い、私は米国に住んでいた事もあり、人とのコミニュケーションの問題、その他生活における細かなトラブルなどをくぐり抜けた経験が功を奏し、能登の田舎暮らしでのトラブルなどは、割りと「まぁ、そんな事もあるさ」という気持ちで深く悩む事もなく、その都度やり過ごせました。

能登への移住はとても安易な選択だったのかもしれません、しかしいざ住んでみると土地の風土や文化、この土地の人と関わりが、そこに多少の障害があったとしても、それを上回る素晴らしい出会いの連続だったように思えます。移住に関しての選択は、私の場合でいうと結果オーライな運の良い選択だったのかもしれません。



「田舎へ行けば周りの人がとても親切で、都会から来た自分を特別大事に扱ってくれるだろう」という幻想を頭の中にインプットされている人も多いと思います。しかしそれは幻想でしかありません。私の場合、海外生活の経験上、それらのことに関して元々過度な期待をしていませんでした。

驚くかもしれませんが、先祖代々の集落に住んでいても、集落の人達と一切関わりを持たず、集会に顔を出さなかったり、祭りに参加しないという地元の人も珍しくはありません。なので「移住者がそこに住んだ」という事だけで、何か特別扱いされるということはありません。あたりまえですが、親切にしてくれる人もいれば、そうでない人もいます。都会だったら当たり前の環境ですが、田舎だと「思っていたのと違う」と頭にインプットしてしまうのは止めたほうが良いと思います。

集落の人達の目線で見れば、移住者は「どんな人かわからない人」ですから、自分がどんな人物なのかを知ってもらう努力が必要です。「人との関わりをしたくないから田舎に住みたい」という人は、他人に干渉しない都会の生活の方が向いていると思います。


都会生活からの逃げ場として田舎暮らしを選んだ場合、選択の仕方しだいでは、さらに深手の傷を負ってしまう事になるかもしれません。大事なのはたとえ都会の生活に疲れたからという理由で選んだ場所だったとしても、その選択をした事で「この場所で自分は変わるんだ」という意志を強く自分が持ってるかどうかだと思います。








2017-02-15

あらためて移住について書いていこうかと



珠洲に移住したのが2009年3月、もうすぐ8年目を迎えます。珠洲に移住を検討していた当時、すでに珠洲で移住生活をしてる人達の情報がネットで出てこず困った経験を元に、自分が移住したら絶対にブログを作ろうという思いがあり、このブログを初めました。

そのブログも最近では書く気力がなくなってきてしまいました。何故なのか?と自分自身に問い詰めてみると、一つの答えが見つかりました。

「もう自分自身、移住者という意識がない」

それが答えでした。では、珠洲人なのかと言われると、そんな感じでもなく、どこか宙ぶらりんな立ち位置かもしれません。集落の神社の氏子になり、珠洲の同世代の人達との温かい交流があり、集落のじいちゃん、ばあちゃんの方々からは相変わらず可愛がってもらってます。人間関係は割りと上手くいっている方だと思います。ですが、おそらく自分は死ぬまで珠洲人にはなれないような気がします。ただ、昨年息子が生まれたので、この子は珠洲人として生きていくのだろうなと思い、この子の成長が楽しみです。

私が移住をした頃は「東京から移住者が来た」とちょっとだけ珠洲で話題になりましたが、今では当時に比べ珠洲にくる移住者が増え、特に珍しい出来事でもなくなりました。

たまに新しく来た移住者にお会いすると、「移住前からブログ見てました」と言われることがあります。「最近更新して無くて申し訳ないです...」と私は言い、その度に何か書かなくては...と思うのですが、書くことが思い浮かばないのです。移住当初はあれもこれも毎日が驚きの連続な日々でしたが、今では当たり前の日常になり、大体の「田舎あるある」情報は書いてしまったので、書くことがない、つまりネタ切れ状態に陥ってしまいました。

ただ、最近気付いたのですが、移住に関してありのままの生活をこれまで書いてきましたが、移住して8年目の今年、「これまでを振り返って移住に関して思った事」という事なら書いていけるのではないかと思いました。

正直な気持ち、昨今の移住ブームに関して厳しい意見も自分の心の中にくすぶっているように感じいます。そんな移住に関してのこれまでの8年を振り返っての正直な意見、またちょっと偉そうですがアドバイスなどを、月1ぐらいのペースで書いていけないかな?と今思っています。

長く書きましたが、今後はそんなテーマでこのブログを運用出来ればなと思っています。今ぼんやり思う個別のテーマは移住先での「仕事」「人間関係」「移住に向いてる人、向いてない人」「移住に関しての幻想」「これだから田舎は...思考はどうなの?」「なんでも先進地事例、それって...」「出会いは?」「都会人の押し付け」「伝統継承とこれから」「移住すると幸せなんですか?」「過疎、ゴーストタウン化」などが頭に浮かんでます。

さて、ここまで書いておいて、これらのテーマをコンスタントに書いていけるのでしょうか...。あまりノルマと考えず、気ままに書いていこうと思います。

最後にこれまでもブログで度々書いてきましたが、今も変らず珠洲での日々に「しあわせ」を感じ暮らしています。これだけはこれからも変らないと信じています。






2016-10-17

稲刈り from 東京


今年も春にみんなで植えた稲を刈りに東京からの御一行が来てくれました。今回は2名の初参加を含めて東京からは8名の参加です。









今回もわいわいと楽しく稲刈りを済ませました。山間地で低農薬育ちのこの稲は、毎年おいしいお米になります。毎年毎年リピーターになってやって来てくれる彼らもまた、この美味しいお米の虜になっているのです。



そして今年は嬉しいニュースも飛び込んできました。昨年開催したこの旅が出会いで、結婚されたカップルが出来たのです。そして能登スタッフの1人が神社の宮司さんという事もあり、今回能登の神社で伝統的な婚礼の儀を行い、稲刈り参加のみんなで二人を祝福しました。

この企画を始めた時にこれをきっかけに移住者やカップルが出来たらいいね、と話していた頃を思い出しました。それが実現となり感無量です。

これを気にもっとこのような出会いに力をいれようよ!、と能登スタッフで話しが盛り上がりました。今後もこのような素敵なつながりを増やせていければ良いなと思います。






2016-10-11

今年もポーランドから




今年もポーランドから日本語を勉強する大学生が珠洲へやって来ました。

今年はただの観光をやめ、地域との繋がり、そして彼らの語学力UPのために、今回は地元の小学校を訪問する事にしました。



国際交流という形で、午後の1時間を私達の時間に当ててくれました。授業ではポーランドの伝統的な民族ダンスをみんなで踊りました。

最初はシャイだった子供達は次第に笑顔になり、最後はポーランドの学生たちと溶け込み、会話を日本語でするほど仲良くなっていました。







彼らの旅のメインイベントであるキリコ祭りの参加も行いました。ドテラという祭りの衣装を着ると、その日本的な装いに興奮が冷めやまないようでした。

前日に訪問した小学校が、祭りの地域の子供達が通う地区だったので、ポーランドの学生達は地域の人達とすんなりと溶け込み、例年よりも沢山の地域の人々との交流を深めることが出来たようです。




日本らしさが残る珠洲へ来て、伝統的な日本の姿を感じたポーランドの学生達。きっと国に戻った彼らの語る日本というイメージは、普通の観光で日本を訪れる人達とは、違った視点をもっていると思います。

沢山の地域の人達の協力で今回もすばらしい旅を彼らに提供できました。また、このような地域に住んでいることを、改めて誇りに思います。


2016-10-07

つながり







移住
結婚
誕生


一人で縁もゆかりもない土地に住み着き
出逢いというものにあまり期待はしていなかったけど
移住後の生活は人との繋がりの連鎖でした。

田舎での生活は
沢山の人との繋がりの生活でもあります。

そこには都会の
「無関心にしてあげるやさしさ」
はありません。

地域全体が家族のような繋がり
それが田舎暮らしです。

家族は言いたいことをずけずけと言います。
家族だからこそ憎しみ合い
また、喜びを分かち合います。


とてもめんどくさい関係です。


ただ、やっぱり
心の中心に揺るぎないひだまりがあるのです。


子を授かり
まるで第二の人生がはじまるかのようです。

今後のめんどくさいに
にこにこわくわくしています。






2016-02-05

冬の能登を満喫

毎年2回、田植えと、稲刈りに東京から能登へ来てくれる「能登にはまってしまった人達」がいます。

昨年の稲刈りの時にどうしても来れない人がいたので、「冬の能登も面白いですよ」と私が放った一言で、では田植え稲刈り以外の時期の「冬」も能登へ行きましょう!と話が進みました。

秋に来れなかった人向けに発言した一言だったのですが、蓋を開けたら田植え稲刈りの倍の参加人数の総勢14名の1泊2日旅に...。



初日は七尾方面に行き、ナマコの加工場を見学、オリーブ畑見学、牡蠣小屋、市内観光をし、能登島の宿で冬の幸をお腹いっぱい食べました。








二日目は奥能登に移動し、珠洲の上黒丸地区で雪遊びです。かんじきを履いて一列になり、積雪70cmはある白銀の新雪を歩きました。

冬は海の幸が美味しいので2日とも行く先々で食べまくり皆さんお腹ぱんぱん状態。冬らしい雪遊びもして、みなさん満足して東京に戻っていった様子でした。

冬は観光客が少なくなる時期ですが、冬の能登も他の季節にない楽しみがいっぱいあります。








2016-02-01

仕事が忙しくなかなかブログの更新が進まず、先週は大雪に見舞われバタバタとした日々を過ごしています。

奥能登に冬の季節が来ると、観光で訪れる人も減り、普段でも静かな珠洲はいつにもまして静けさが漂っています。冬には冬らしい景色に出会えるのも、この季節ならではの楽しみでもあります。











寒くて手がかじかみ、雪に埋もれて動けなくなる。そんな人間の無力さを感じさせてくれる冬という季節は、自然と共に生きているという喜びを与えてくれる季節でも有ります。